自己紹介の記事一覧

自己紹介

私、かのけんの自己紹介見てくださるんですか?(笑)

私、かのけんにご興味持っていただいてありがとうございます。
心より感謝いたしますm(__)m

私がビジネスに興味を持ち、
ネットビジネス、アフィリエイトに至る道のりを
だらだらと書かせていただきますね。

長いですよ(笑)

でも、お付き合いいただけると嬉しいです^^

まずはこちらから。

生年月日:  1976年(昭和51年)8月31日生まれ
生まれ:  兵庫県神戸市
住んでるところ:  兵庫県神戸市
身長:  175cm
体重:  64kg
趣味:  パソコン、読書、ギター、音楽
仕事:  ネットビジネスいろいろ
経歴:  兵庫県立長田高校卒
          京都大学卒
          京都大学大学院卒
          日本IBMにてシステムエンジニアとして勤務、8年弱で退職
家族:  妻(フェイシャルエステの店長さん)
          娘マイ  6歳
          息子リョウ  3歳

 

さてさて、

私、かのけんは、昭和51年の8月最後の日に生まれました。

一般的なサラリーマン家庭にうまれたようです。
子供の私には分かりませんでしたが、
父親の稼ぎはそれほどよくなかったようでした。

ただ、両親は子供好きだったのか、お金はない中でも
キャンプなど遊びにはよく連れて行ってくれていました。

なんとなくぼんやりと覚えています。

しかし、そんな子供好きの父親でしたが、
私が小学校3年生か4年生のころ、
家を出て行ってしまいました。

どこかに女性を作っていたようです。

小学生の私には、しばらく何が起こったのか
分かっていませんでした。

ただ、突然夜に母親に連れられて
祖母の家に泊まりに行くことがあったりと
普通ではない状況にあることだけは分かりました。

 

結局、両親はそのまま離婚。

 

中学生になる前には、両親が離婚したこと、
つまり、母子家庭であることを理解出来るようになりました。

 

母親は最初はパートにでて働いていましたが、
ひょんなことから人から人へとつながって
看護士の仕事につくため学校に行くようになりました。

 

私と2つ下の弟はもちろん、鍵っ子です。

 

母親は、当時まだ働いていた祖母の手伝いをもらいながら、
午前中は実習生みたいな形で病院で働き
昼から看護学校で勉強、家に帰って家事、宿題
というようななかなか大変な生活をしていました。

 

そんな母親も私が中学2年の時に、再婚します。

 

そして、同じ市内で引越。

 

これで全員ハッピーになればよかったのですが・・・

これまたうまくいかず・・・

 

新しい父親は小さな印刷を企画する会社を
営んでおりました。

新しい父親はプライドの高い、癖のある人間でした。

当時はバブル前後で仕事が順調ということもあり、
家庭内では父親の傲慢さだけが現れていました。

 

そんな父親の態度で家庭がうまくいくわけもなく、
家庭内にはすぐに冷え切った空気が流れるようになりました。

 

私自身は弟に比べ、成長していたからか、
多少自分でも反抗期を認識することはありましたが
あきらめというかなんというか、
中学、高校とある意味割り切って生活していました。

 

正直、お金さえだしてくれたらいい、的な考えでした。

 

逆に弟は私のように割り切れず、
中学、高校とかなり荒れた生活をしていました。

 

私が改めていうまでもないですが・・・
家庭環境って子供に滅茶苦茶大きな影響を与えるんですよ。

 

私も割り切っていたといっても、
この家庭環境の影響はかなり最近まで
私の中に影を落としていましたから。

 

仲の良い友人にもちゃんと言ってなかったり・・・。

 

あっと、話が大分暗くなりましたね。
すいません;;

 

でも、最後の最後は明るく前向きに終わりますので、
ついてきてくださいね。

 

家庭環境はこのくらいにして次にいきます。

高校くらいからの私の経歴の話をしましょう。

私が通っていた高校は公立高校ではありますが、
兵庫県下では有名な進学校でした。

中学では勉強せずともそこそこ成績がよく、
強気にこの高校に入学したのですが、
まわりは成績優秀な人ばかりです。

 

当然ですが・・・高校の成績は下から数えるのがはやかったのです・・・。

しかし、あるときテストの点数で友人にバカにされました。

このことが妙に悔しくて、
心に残り、負けず嫌いの気持ちがむくむくと出てきました。

 

高校2年生の頭から猛勉強(といっても、一日3時間くらいです。)
するようになりました。

 

すると、するすると成績があがり、
いつのまにか上位から数えるほうがはやくなりました。

 

そして、気がつけば・・・

 

難関と言われる京大理学部に入学していました。

 

自分で言うのもなんですが、
当時の自分はよくがんばっていました(笑)。

 
なんでそんなに勉強してたんだろう・・・。

 

 

ただ・・・、
大学に入学するともっともっと成績優秀な人たちがたくさん現れました(笑)

 

そして、ここでも負けず嫌いの性格がさらにここで発揮され、
また猛勉強・・・・
 

 

・・・は、しませんでした(笑)

 

ある意味、あきらめが入っていましたから、
大学時代、大学院時代は本当にもう目一杯遊びました。

 

大学時代にしたことは大きく3つ。

 

1つ目はギター。

 

軽音サークルに入り、
受験勉強のため我慢してきたギターをたっぷり練習しました。
今ではすっかりひけなくなっちゃいましたけど、
一時期は一日8時間くらい練習していたことも(笑)

速弾きギタリストに憧れ、
同じフレーズをひたすら練習、練習、練習。

完全ギター馬鹿でしたね。

完全自己満足の世界でしたが、
バンドを組んでライブをやったりもしました。

録音したテープとか聞くと
かなり恥ずかしいですけど;;;

 

2つ目はレコーディングとオーディオ。

 

ギターの延長ではあるのですが、
自分が作った曲や、誰かの曲をコピーして
レコーディングするのが大好きでした。

そして、レコーディングをやりだした頃から、
音にもこだわりだしました。

すると自然な流れとして、
オーディオに興味がわくわけですね。

学生のくせに数十万のお金をつぎ込んで
オーディオを買い集めてしまいました。

オーディオってこだわりだすと
やばい世界に入っていくんです。

たとえば、アンプとスピーカーをつなぐケーブルに数万円かけてみたり・・・

スピーカースタンドや、オーディオラックが
不要な振動を防ぐように尋常じゃなく重かったり・・・

ネットビジネスと同じく、
なかなかマニアックな世界です(笑)。

今でも時々このオーディオで音楽を聴くのですが・・・

普段は子供の遊び場と化しています・・・。

なぜか、大事なオーディオの上にはミニカーが・・・
ああ・・・私のオーディオに傷が・・・(泣)
スピーカーのコーンが・・・

 

3つ目は妻。

 

え、妻?!
そう、妻なんです。

私の妻とは実は大学時代からの付き合いなんです。

私は京都に下宿していましたが、
高校時代に知り合った妻は、
神戸に住んでいました。

そのため、ちょっとした遠距離、いや、中距離恋愛でした。

ですが、ほとんどの休みの日には妻が京都にきたり、
私が神戸に帰ったりと頻繁に会っていました。
(妻が来てくれるほうが圧倒的に多かったですが・・・)

友人にも「そんなに会って何話すの?」
といわれるくらいずっと一緒にいました。

そして2人で気の向くままに出かけたり
旅行に行ったり。
JRの18切符ってご存知ですか?

あの特急以外の電車に一日乗り放題できるやつ。
この18切符を使った鈍行電車の旅行にも
行き先や宿泊先もなんにも決めずに
よく行きましたよ。

神戸から何も考えず、広島にお好み焼き食べに行ったり、
石川県の和倉温泉までいって、泊まるところがなくまた帰ったり。

こんな感じで思い立ったら直ぐ出かけるくらい
フットワーク軽く妻と二人、
圧倒的な時間的自由を謳歌していました。
 

本当にいい時代でした。

 

・・・、
何しに大学に行ったの?

というつっこみはご勘弁くださいね(笑)

 

確かに、
自分でも何のためにいったんだろう・・・、
と考えることはよくありました(笑)。

でも、ここ2、3年くらいで自分の人生にとっての、
大学生活の意味が分かりだしたんです。

 

これは後でまた書きますね。

 

 

さて、そんな自由な時代が永久に続くわけなく
妻は大学を卒業して就職。

私も大学院へ進学。

 

その2年後には、私も大学院を卒業して
某IT会社に就職し、
システムエンジニアとして働くことになりました。

 

また、就職と同時に妻とは直ぐに結婚しました。

 

 

子供のころの家庭環境についてはいろいろあったにせよ、
私自身はこれまでの人生、
それなりに順調にきたと思っていました。

妻とももともとから相当仲が良かったこともあり、
妻との結婚生活についても何も心配していませんでした。

 

しかし・・・

 

このシステムエンジニアという「仕事」が人生を私の変えました。

 

就職して最初の半年は研修期間ということもあり
早く家に帰れていましたし問題はありませんでした。

 

問題は研修後の本配属後でした。

 

そこではIT業界の常識が待ち構えていました。

朝はそう早くありませんでしたが、
夜は残業、残業で家に帰れませんでした。

残業が月100時間を超えるのは日常的でしたし、
休日勤務や夜間勤務など変則的な勤務も非常に多かったです。

 

残業代は・・・・もちろん、全部はつきません。

 

夜中にタクシーで家に帰ることもよくありました。

 

しかも、プロジェクトが次から次に湧き上がってくる
環境でしたから、プロジェクトの合間、
つまり、仕事の谷間がありませんでした。

配属後5年間継続してずっとこのような状況でした。

 

その間、子供とも遊ぶチャンスは本当にすくなかったです。

 

子供だけではなく、妻との時間もなかなかとれません。

 

めったに不満を口にすることのない妻も
さすがに、この状況には
「いつまでこの生活がつづくの?定年まで?」
と声を上げました。
 

 

 

「もっと人間らしい生活がしたいな・・・」

 

 

時々こんなことを思うようになりました。

 

 

 

 

人生って不思議なものですね。

頭で考えているのが通じるのか、
そういう情報が集まってくるんです。

 

 

その結果、私はある本に出会うことになります。

2005年の冬のことでした。

 

その本とは、 

 

金持ち父さんのキャッシュフロークワドラント

 

です。

この本、読まれた方も多いと思います。

 

 

この本では、
世の中の人間を4つのカテゴリーに分けているんですね。

 

そして、そのカテゴリーに属する人が
どういう状況にいて、どういう考えをもっているか
そして、どういう言葉を発するのか、
詳細に書かれているんです。

 

私は、あるカテゴリーの特徴をすべて兼ね備えていました。

 

そのカテゴリーとは、もちろんE(従業員)です。

 

目から鱗どころではなく、

自分の価値観が総崩れしました。

 

 

このEというカテゴリーから
別のカテゴリーの人間に移らない限り
今の生活が続く。

 

そして、今の生活が続く限り、
今より幸せになることは100%とない。

 

この本を読んで、それが明確にわかったんですね。

 

 

「これは人生変えないといけない。」

 

 

本気でそう思いました。

 

 

この本をきっかけに
自分の人生を見つめるため、
自分の人生を探すため、
経済的にも精神的にも豊かに生きるため、
様々な本を徹底的に読み漁りました。

 

それと同時に、
妻と二人で、自分たちの人生を
どうしていきたいか夜中まで
話し合うようにもなりました。

 

自分たちの夢をなんの制限もなく、
ノートに書きあったりもしました。

 

 

そして、二人で決めました。

「自分たちで望む人生を作っていこう。自由を手に入れよう。」 と。

 

 

 

最初の一歩として、
私は転職を考えました。

 

人生を変えるためには、
まず時間がいる、
そう思ったからです。

 

従業員以外のカテゴリーに移るには、
人の看板に頼らず、
自分で稼ぐ力が必要です。

要は、副業する時間を手に入れたく、
拘束時間の短い仕事につきたかったのです。

 

退職覚悟で上司に相談した結果、
結果、拘束時間が比較的短い部署へ
異動させてもらうことが出来ました。

 

異動後、早速副業を探しました。
(もちろん、会社には内緒ですよ・・・)

 

人の看板に頼らず、
お金を稼ぐのはサラリーマンの私には
本当に難しいことだと思っていました。

 

何からはじめたらよいか分からなかったこともありましたし、
金持ち父さんの本でも勧められていたので、
あるネットワークビジネスに取り組みました。

 

比較的時間があるといっても、サラリーマンではたかがしれています。
そこで、基本的にはインターネットを使って活動しました。

 

 

タイミングがよかったせいもあり、
このネットワークビジネスでも少し稼げたのですが、
その会社に対して、どうしても受け入れられないことがあって、
半年ほどで脱落しました。

 

 

でも、

人生ってうまくできています。

 

 

このネットワークビジネスをやったお陰で、
インターネットで活動したお陰で、
アフィリエイトの存在をしることができたのです。

 

 

アフィリエイトを正確に知ったとき、
私は、なぜか「これだ!これしかない!」と思いました。
2007年の夏ごろのことです。
 

 
そこから、真剣に取り組み始め、
自分なりに試行錯誤を続けてきました。

なかなか結果は出ませんでした。
 

しかし、PPCアフィリエイトをきっかけに
2008年9月には独立を
決意できるようになりました。

2009年頭には会社を退職します。

2年越しでやっと一歩を踏み出せるような気持ちです。

 

今、過去を振り返ると、
子供の頃の家庭環境、新しい父親、
意味がなかったように思えた大学時代、
そして、最初の職場には本当に感謝しています。

子供の頃の家庭環境があったからこそ、
幸せになりたい、と思う気持ちは人一倍強いと思います。
母親には困難な環境にも関わらず、
育ててくれたことに感謝しています。

新しい父親も、小さいながらも会社を経営していることもあり、
起業家マインドはちゃんともっています。
今では、私の事情・気持ちを理解してくれます。

大学時代に自由を満喫したからこそ、
今再び自由をつかもうと思えることが出来ています。

最初の職場にいたからこそ、
今こうやって自分の夢を追い求める、
きっかけをもらったのだと思います。
そして、数人ではありますが、
夢をみて生きていこうと行動している友人にも出会えました。

人生に無駄なことは何一つありません。

すべてはつながっています。

 
これからも妻と二人で自分たちの夢を追い続け、
かつ、自分たちの幸せのサイクルを
多くの方に広げていきたいと思います。

そして、最後にかのけんの自己紹介を
お読みいただいたあなたに感謝します!

ありがとうございました!!
 

タグ